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ゼミ生のコメント

“人間の在り方”を枠組みにとらわれずアプローチ

 本研究室の魅力は、「教育」や「哲学」といったテーマだけでなく、幅広い興味関心をもった方達が集まっている所です。私は学部時代、文学部の哲学科に所属しておりましたが、哲学の中でも特に興味の強かった「教育」というテーマに取り組んでみたいと思い、本研究室へと移ってきました。そこで出会った先輩方は、「哲学」や「教育」とは少し異なるテーマ…「菜食主義」や「音楽」など…を扱っている人も多く、最初は少し戸惑いました。しかし、本研究室で先生方や先輩方をディスカッションを重ねるなかで、皆広く人間の在り方について研究されているということがわかり、逆にひとつの枠組にとらわれず、様々な視点から事象にアプローチすることの大切さを日々学んでいます。私自身まだ研究の入り口に立ったばかりなので、広い意味での「人間」や「教育」の在り方について、一緒に試行錯誤しながら思索していける方々との出会いを心待ちにしています。

京都帝大時代からの思想的蓄積をベースに方法論を模索中 

 教育学講座は教育学部が戦後文学部より独立する以前、京都帝国大学に文科大学が設立された当初より、哲学科の中に教育学教授法講座として設置された伝統を持っており、私はその思想的蓄積を土台とした研究を意図しています。私の研究テーマは、シェリングの後期哲学の中に、西田幾多郎が与えた解決以上の結論が与えられていることの教育可能性です。つまり西田哲学の場所論以上の論理をシェリングが後期の展相論(ポテンツ論)で開示していることの論証です。これを当初、西田哲学との比較や龍樹の四句分別や華厳経の四種法界などとの比較に於いて試みようとしましたが、この方法では宗教体験が修得されていない段階の者には教育可能性が無いことを知るに至り、宗教体験の技法を伝達する方法として心身医学のセルフコントロール法を利用する方途を提唱しています。それと同時にオートポイエーシス・システム論との比較によってもシェリングの展相論の持つ先見性と深淵性を明らかにできるのではないかと最近では考えています。なぜならオートポイエーシス論は産出プロセスのシステム論であるので、産出性と反省性との二重本性を本質とするシェリング哲学と馴染みやすいからです。

盛んな議論によって起きる「化学反応」で自分磨き

 学部時代は他大学文学部の西洋史専攻で学んでいました。この研究室を選んだ理由は二つあります。一つめは、学部時代から続けてきた研究テーマ=生改革運動史を「人間形成の思想」の観点からよりアクチュアルな問題として再構成したかったからです。二つめは、京都大学という学生同士の議論が盛んな環境で、自分を磨きたかったからです。はじめは教育学の「き」の字も知らない状態でしたが、先生・先輩方のアドバイスで少しずつ、歴史研究に教育学や教育思想の文脈を織り込めるようになってきました。いろいろな関心・テーマをもった構成員との議論はすごく刺激的で、自分の研究がどんどん「化学反応」を起こしていくことがとても楽しいです。また、研究室を共有する教育史領域の先生・院生の方との議論や研究姿勢も、自分の励みとなっています。